2023年06月12日
私がこだわる作文教育
どうでもええ話やけど(いつもか)、
孫の小学校の卒業文集を読んだ。
修学旅行の楽しさがただダラダラと書かれていて
がっかりしてもた。
面白さが全然伝わってけーへん。
というて、はちゃめちゃな文章でもない。
ただただ、つまらん。
模範になるような子の作文はないかと
他の子のも見たけど、
あんまし、ない。
「起承転結」やのうて「起結」の羅列が多い。
『修学旅行で○○に行きました。
楽しかったです。
夜になって○○をしました。
楽しかったです。
次の日、バスに乗って○○に行きました。
すごく楽しかったです。
小学校で一番の思い出になりました』
概ね、こんな感じのが多い。
卒業文集やで、一生もんなんやで。
凝れ、凝れ、ここでバーンと書いたらんかい!
ほんでまた字も、これ6年生が書いたんか!?ちゅう
ミミズみたいななぐり書きもあった。
もう「書」はタイピングに取って代わられ、
絶対に書かねばならんかった冠婚葬祭の場でも
「名刺を置く」行為で代替できるもんなぁ。
閑話休題。作文教育ってあんま力入れてないんやろか。
私も褒められたもんやないが、面白さには拘った。
一日の中の一番心を揺さぶられたことをクローズアップ
してしつこいほど膨らませた。
そういうもんが作文やと思っちゃあった。
そこで何起きたんか?
周りはどういう反応やったんか?
なんでそもそもそんなことになったか?
どう思たんか?どうしたんか?
結果はどうなったんか?
作文や国語の成績がどうのと言うてるわけやない。
おもろて、自分の言葉で人と違うものを書けってことやで。
的外れでもええねん。
そん時感じたんがそれやったら。
諦めきれず、確かおいてたはず、
と家に帰ってクローゼットの中から
息子が小学校1年生の時の「おはなしノート」という学校に
提出する作文帖を探し出した。
約30年前のんや。
1年生やさけ、しょーもないこと書いちゃある。
ほんでもその中に
「6ねんせいのおねえさんとあそんだようにおどりました」
とか
「くさのなかにはいってボールをとるとこしょばかった」
とか
ちょっとだけ光るワードが入ってるやん。
これが読んで楽しいんやん。
事象だけの文章はみんな一緒になる。
孫は俗にいう「国語脳」ではないということやろか。
かといって「算数脳」でもなさそうやけど(失礼)。
日常は「起結」だけでは成り立たん。
そこには絶対に自分だけの感情があるはずなんやけどなあ。
Posted by こば at 16:20│Comments(0)