2023年08月01日
探したら友達のかよんちゃんの号がでてきた!
昨日、某所で某有名人と初めて会った。
初めまして、で名刺を渡すと、
「あれ?あの小林さん?」どのやねん。
「あのコラムの小林さんやろ」
20年間、読売新聞全県の折り込みフリーぺーパーを
毎月作っていた。
それを覚えていてくれた人がいてた!
おばちゃん3人で取材して記事書いて、よーやったと思う。
そこに和歌山弁でコラムを書いていた。
何年も前に各自の家の事情で終了したのに
名前を見て、結び付けてくれた。
多分一人やったら泣いていた。嬉しかった。
「面白いよね、今はFMも聴いてますよ」というてくれた。
(これもちろん嬉しかったけど)
以前、ギターが超うまい人と話した時、
「ギターが弾けなくても、小林さんは言葉のマジシャンだから大丈夫」と言われた。
和歌山放送のえらいさんから
「こばはねじれた文章の天才や」とも褒められた。
その言葉たちを糧に小説を書いちゃ○○賞に応募し、
落ち続けてきたわけやけどな。
今回「コラムの・・・」という言葉の後押しでまた書こうと思う。
(そしてまた落選し続けるんやけどな)
帰って息子に話すと
「やってきたことは無駄じゃなかったね」と言われた。
「なかったね」という完結じゃなくて
これから、これから(甲子園の最終回2アウトの掛け声か)!
無駄にはせんよう頑張ろ。
ところで、FB友達の投稿に
『あなたは自分が正気であることを証明できますか?』
その人が正気であれば、正気であることを認識しているので
「私は正気である」と言います。
その人が正気でない場合、正気でないことを認識していないので
「私は正気である」と言います。
あなたは自分が正気であると本当に言いきれますか?
ちゅう、投稿があった。
なんか、こわっ。
自分は正気なのか正気でないのか。
言い切れるかと言われたら困ら。
そこで2人の子供に早速聞いてみた。
娘: 私は生き方が正気の沙汰ではないので「正気ではない」といいます。
息子:正気というのが抽象的やから証明難しいけど
正気であることの定義を細かく決めさえすれば
証明できないくはない。
その境目がないのであれば
人類等しく「正気であり正気でない」。
うむ。なんていうたらええのか。
ただ「なぁどう思う?」と聞いてすぐに返事が来るのは
正気の親子関係が築けていることだけは言い切れ・・?。
Posted by こば at 10:38│Comments(0)