2022年03月02日

友情も沁みるきのくに線



おいおい、どれだけサボってたんや。
今日蔵さんに言われて気づくという体たらく。
申し訳ない。

ところで先月、友達の東京の友達が、ドラマのプロデューサーらしく、
和歌山のきのくに線でエキストラ募集をしていると聞いた。

行きます、おもしゃそうなので行きます。
即答。
ということで友達にも声をかけ、一緒に出掛けて行った。
きのくに線の普通電車で和歌山駅と御坊の間を
2往復する。主人公と一緒の電車に乗っているという
静かなエキストラやて。

こういう時「類友」という言葉が
しみじみと分から。

「ギャラは出ない。きのくに線の切符代と弁当は出る。
が、駐車場は自腹。3時半に集合して10時半までという
ほぼ半日の拘束時間。結果、映らんかもしれやん」

という条件としては非常に厳しいが
友達は全員「おもしゃそうやん」とノッてくれた。

結果、友達はほぼみんな映り(背中だけの人もあったけど)
私は左耳だけ一瞬映った。
これでは性別も年齢もわからんやないか。

でも大人の遠足のようでみんなで食べるロケ弁はおいしく、
みんなで乗る電車はめちゃめちゃ楽しかった。

そして10分のそのドラマは哀愁のあるすごくいいものに出来上がっていた。

<ドラマ(もちろんフィクション)>

「はい、こっちからアップ撮ります」
「そう、そう。涙ちょうだい」

ちょうだいと言われて出るものじゃない。
こういう時は悲しい出来事を思い出すのがお決まりの方法だ。

・・・で、出ない。
よくよく考えてみたら、私はまだ涙がとめどなく出るという体験をしていない。
女優になるだけの容姿があり、美少女コンテストで優勝し、
それなりに勉強もできる。

悲しいことを想像してみよう。
例えば母が死んでしまった。あんなに優しい母が。
・・・もっと出ない。
実際母はピンピンしているし、私の個人事務所のマネージャーをしている。

さっきギャラ交渉をしている姿を見たばかりだ。
こんながめつい母が死ぬとは到底考えられない。

「出ないね、涙。ここはボトボトと零れ落ちる絵が欲しいんだ」
監督はため息をつく。
「少し待てば大丈夫かな」
「ほんと使えないね」「それでも女優なの」「他の人に代わってもらおうか」
「子役だって泣けるよ」「新人かよ」「代わりなんていくらでもいる」
「大した顔でもないくせに」「演技の基礎からやれば」

スタッフは口々に
私を罵る。

ひどい言葉が浴びせられる。

「目薬でお願いします。時間の無駄です」
私はプイと顔を背けて言った。

私の涙を引き出そうとする優しい気遣いと
自分の不甲斐なさに思いがけず涙がこぼれた。





  


Posted by こば at 19:38Comments(2)