2022年03月06日
犬か猫か孫の写真を載せときゃ何とかなる
右脳派、左脳派という分け方をよく聞く。
完全な右脳派だ。
明確に言うと、右の端っこに小さい脳がくっついている状態。
なので想像したり、おもしゃい提案を会社で話したり、するのは得意やねん。
ただ、それを論理的に考えたり、ましてや数字に置き換えてとなると…。
毎月、売り上げなんぼ、利益率なんぼと計算すると途端に頭痛が…。
儲かってないわけやない。赤字の苦悩やなく、数字がとにかく苦手やねんな。
ロジックも苦手。
ちょっとでも克服しようと左脳派の息子によーディベートを挑む。
お題はかわりばんこ。どっちの意見につくかは私に決める権利がある。
Ex:リンゴとミカンはどちらがすぐれた果物か。
日本のGDPが中国に抜かれたのは必然か。
結婚前の同棲はすべきか。
非核三原則は現在絶対だといえるのか。
いつも最後は「そう思うんやもん」「みんなそやもん」
「お母ちゃんの時代はそやもん」
「反駁する気にならん」
「ほら、私の勝ち~勝ち~」・・・これでは全く練習にならん。
ここのコメント欄でもいいので、どなたか相手になってほしい。
<かちかちやま>
タヌキとウサギは同罪だと思います。
と子ダヌキは法廷で訴えた。
確かに父は言葉巧みにおばあさんを騙し、その命を奪った。
そしてばあ汁を作り、おじいさんに食べさせた悪人であることは間違いありません。
おじいさん、ごめんなさい。
しかし、です。
かたき討ちと称し、ウサギは父の背中を焼き、薬だとだまして辛子を塗り
挙句は泥船に乗せて、父を溺れさせたのです。
おばあさんを一振りの杵で撲殺したことと、何度もいたぶり殺すこと、
ウサギの方が悪人ではありませんか。
ウサギに父は何か悪いことをしましたか?
仲良しだと思ったからこそ、山へ海へとついていったのです。
正義の仮面をかぶったウサギをぜひ罰してください。
Posted by こば at
14:00
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2022年03月05日
からころからりと滑りました。
「こばやっさん、カラオケ大会とか好きなんやな、こないだ出てたんやろ?」
取引先のえらいさんに声をかけられた。
「腕前はどうなん?」
腕前・喉前・テルマエ・ロマエ。
カラオケ大会やライブで歌う時は必ず何かかぶりものをする。
そんなやつが「歌うま」なわけなかろう。
ほいでも「下手の横好きで…」というのもしゃくなので、
「腕前は商談ついでにぜひご自身で確かめてくださいねぇ」と答えた。
そうそう2/27「紀の川ぷるぷる音楽祭」
まん防であるわけないと思ってた粉河ふるさとセンターでのカラオケ発表会に出た。
友達に頼み込んで振袖を着つけてもらい、
長い黒髪のかつらをかぶり、厚化粧をし、
知り合いがみんな気づかないほど別人に仕上がってん。
お、ちょっときれいやん。化粧ってすげー。
自分で「萬崎かおる子」という芸名を付けて臨んだ。
歌はもともとうまくない上にあがって散々やったけど、
おもしゃかった。
舞台慣れという言葉があるけど、
できれば慣れやんまま、手ブルブル心臓バクバクのまま
それもひっくるめて笑いたい。
<咀嚼音>
「咀嚼音」YouTubeの再生回数が上がっているらしい。
今はまさにchaosな時代で、何が流行るかわからない。
ただひたすらプチプチをつぶしている音も人気だ。
なんでだ。
YouTubeで何をアップするか
毎日死ぬほど考え、金をかけ、時間をかけて撮影・編集した
僕のネタはたかだか100回程度しか再生されていない。
しかもバッドボタンも多く、コメントには辛辣な言葉が並ぶ。
削除しても心には彫刻刀で「全然おもしろくない」「見て損をした」
なんて言葉が刻まれる。
これが永遠続く。
普通に就職していれば、結婚して、子供がいて。
どこだ、どこで間違った?
ああ僕だけどうしてこんな目に。地獄だ。
彼の精神はもう限界だった。
「ぶつぶつぶつぶつ」
「このYouTubeの音が新しい」「癒され眠りに誘われる音」
彼の発する変な旋律が今度はバズった。
「ぶつぶつぶつぶつ」を神音だというものまで現れた。
彼は色んなものへの恨み妬み嫉みを燃やし
…そして
…それから
‥‥咀嚼していたに過ぎなかったのに。
Posted by こば at
21:53
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2022年03月02日
友情も沁みるきのくに線

おいおい、どれだけサボってたんや。
今日蔵さんに言われて気づくという体たらく。
申し訳ない。
ところで先月、友達の東京の友達が、ドラマのプロデューサーらしく、
和歌山のきのくに線でエキストラ募集をしていると聞いた。
行きます、おもしゃそうなので行きます。
即答。
ということで友達にも声をかけ、一緒に出掛けて行った。
きのくに線の普通電車で和歌山駅と御坊の間を
2往復する。主人公と一緒の電車に乗っているという
静かなエキストラやて。
こういう時「類友」という言葉が
しみじみと分から。
「ギャラは出ない。きのくに線の切符代と弁当は出る。
が、駐車場は自腹。3時半に集合して10時半までという
ほぼ半日の拘束時間。結果、映らんかもしれやん」
という条件としては非常に厳しいが
友達は全員「おもしゃそうやん」とノッてくれた。
結果、友達はほぼみんな映り(背中だけの人もあったけど)
私は左耳だけ一瞬映った。
これでは性別も年齢もわからんやないか。
でも大人の遠足のようでみんなで食べるロケ弁はおいしく、
みんなで乗る電車はめちゃめちゃ楽しかった。
そして10分のそのドラマは哀愁のあるすごくいいものに出来上がっていた。
<ドラマ(もちろんフィクション)>
「はい、こっちからアップ撮ります」
「そう、そう。涙ちょうだい」
ちょうだいと言われて出るものじゃない。
こういう時は悲しい出来事を思い出すのがお決まりの方法だ。
・・・で、出ない。
よくよく考えてみたら、私はまだ涙がとめどなく出るという体験をしていない。
女優になるだけの容姿があり、美少女コンテストで優勝し、
それなりに勉強もできる。
悲しいことを想像してみよう。
例えば母が死んでしまった。あんなに優しい母が。
・・・もっと出ない。
実際母はピンピンしているし、私の個人事務所のマネージャーをしている。
さっきギャラ交渉をしている姿を見たばかりだ。
こんながめつい母が死ぬとは到底考えられない。
「出ないね、涙。ここはボトボトと零れ落ちる絵が欲しいんだ」
監督はため息をつく。
「少し待てば大丈夫かな」
「ほんと使えないね」「それでも女優なの」「他の人に代わってもらおうか」
「子役だって泣けるよ」「新人かよ」「代わりなんていくらでもいる」
「大した顔でもないくせに」「演技の基礎からやれば」
スタッフは口々に
私を罵る。
ひどい言葉が浴びせられる。
「目薬でお願いします。時間の無駄です」
私はプイと顔を背けて言った。
私の涙を引き出そうとする優しい気遣いと
自分の不甲斐なさに思いがけず涙がこぼれた。
Posted by こば at
19:38
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